2017年8月18日 (金)
真夏の五個荘・・・9月24日(日)に公開・・・
盆休みで近江の五個荘の本宅へ帰ってきました。
五個荘は「近江商人発祥の地」で、古代の条里制の町割りから始まり遺構を残しつつ、江戸時代~明治・大正時代に建てられた近江商人屋敷の白壁と蔵が軒を連ねます。
今では重要伝統的建造物群(町並み保存地区)に指定され昔ながらの伝統的集落です。
今年は9月24日(日)にこの町並み保存地区の公開イベントが開催されます。(東近江主催)
どうぞお越しください。拙宅も皆さまをお待ちしております。\(^O^)/
◆まずは、お盆の挨拶に大城神社(菅原道真公を祀る)へ参上しました。
広々とした境内はよく掃除が行き届いています。
巨石の石垣が大城神社を囲み、幼い頃ここでよく遊びました。
私は12歳までここで育ち、南五個荘小学校に通い、ここには同級生が一杯います。
◆大城神社の鳥居前は、文ちゃんの家です。(小学校の同級生)
文ちゃんは腕白大将で同級生のヒーローです。
文ちゃんは先祖代々の花文造園の跡取りで、今や滋賀県下でナンバーワンの造園業者です。
文ちゃんの弟、山村真司君の家です。
彼の代で作った家ですが、堂々たる伝統様式の屋敷です。
◆三中井百貨店(後述)のオーナー中江家の次男坊・西村久次郎さん宅です。
三中井が終戦で没落した後、久次郎さんは東京カリントとしてお菓子製造で生き残ります。
さすが、渋久(しぶきゅう)と言われた倹約家でさすがに堂々と生き残りました。
◆村の祭礼の広場・・馬場(ばんば)です。
五輪塔の後ろは安福寺(天台宗)さんです。
◆浄栄寺(浄土宗)の鶴野住職は、本山・知恩院さんの執事さんで大立者ですぞ・・
弘誓寺(ぐぜいじ:浄土真宗)の那須住職は(源平合戦の弓で有名)那須与一の子孫です
本堂は重要文化財で、滋賀県で比叡山の根本中堂につぐ巨大さです。
五個荘金堂町は205世帯で4つもお寺がある町です。
◆拙宅の前にある近江商人屋敷(公開)の外村宇兵衛邸です。(御幸毛織の初代社長)
邸内にある天秤棒をかついだ近江商人の銅像・・文ちゃんが寄付しました\(^O^)/
9月24日(日:公開日)は、この屋敷で弊社の「西陣織美術工芸あさぎ」の浮世絵の織物が展示され、美術トークを行います。(東海道53次、写楽、ビードロを吹く娘など)
◆暑い金堂町を大汗かいて一緒に回った辰馬雅子ちゃん(せんしょうの女将)
雅子ちゃんは、私の姪で息子の輝紀クンと一緒に田舎に来ました。
◆外村宇兵衛家の分家の外村繁さん(小説家、三高→東大にいった秀才です)
繁邸の屋敷の台所です。懐かしいなあ!!
幼い頃、このお隣さん(繁邸)へ2歳上の姉と一緒によく遊びに来ました。
◆三中井百貨店の中江四兄弟・・・前列左が中江准五郎さん、右が当主の勝治郎さん、
三中井は、店舗を京城(ソウル)、釡山(プサン)、満州にむけて出店し、昭和18年頃、三中井百貨店は東京の三越を抜いて日本一の百貨店となりました。
本部はここ金堂に置き栄華を誇りました。
ここは中江準五郎(中江兄弟の末っ子)邸。この家の長女ひろ子ちゃんは私の同級生です。
「奢(おご)れる者は必ず久しからずや」
三中井百貨店の本部、中江勝治郎の豪壮な元・本宅
現在は、川口正敏君(私の同級生、近江織物の社長)の家です。
◆塚本喜左衛門宅です。
お馴染みの「長者三代の鑑」の本物の掛け軸
庭を歩くと・・
古井戸に梅の古木が・・・
こちらは井桁の組んだ石組に巨石を組み合わせて
前栽と庭をつなぐ中門
庭の築山に貝塚伊吹(カイヅカイブキ)がそびえ立つ
悪童のたまり場で、ベルトに竹の棒(刀のつもり)を差して、チャンバラゴッコで築山を城に見立てて大暴れしました。庭がいたむと大変、怒られました。(>_<)
◆座敷の床の間の置物・・・幼い頃、おもちゃが無くて、こんな古道具で遊びました。
カニさんの硯(すずり)
法衣の着たタヌキさんの置物
寒山拾得の屏風・・・真っ暗な離れ座敷にこの幽霊のような屏風、幼い頃は怖かった・・
後記
近江商人博物館に行ってきました。
この建物に博物館と中路融人記念館(美術館)があります。
この7月に中路融人画伯が急逝されました・・・合掌
画伯には色々お世話なりました。誠にありがとうございました。