2018年3月1日 (木)
京都・三条通りの近代洋風建築ツアー
先週の土曜日、「京の三条まちづくり協議会」の仲間と一緒に明治の洋館めぐりをしました。
まずはウィングス京都で、レクチャーを受けました。
桓武天皇の平安京の建設(794年)で碁盤の目の都市計画がされました。
豊臣秀吉の「天正の地割」で再整備され三条大橋の橋脚が石柱となり恒久橋となりました。
東海道の事実上の終点は、三条大橋でなく三条東洞院あたりでした。
森本会長や篁さんの話は非常に興味深かった・・
三条通りの近代建築(洋館)に影響のあった先人の話や館内の説明
◆文椿ビルヂング(旧西村貿易店社屋)国・登録文化財。1920年築(大正9年)
西洋独特の3層構成でタイル貼りの外壁やセセッション様式(大正時代の建築様式、幾何学的なデザインに渦巻などの特徴)が見えます。
◆みずほ銀行京都支店(旧第1銀行京都支店)旧建物は1906年築(明治39年)
辰野金吾の作品。レンガの外壁に御影石のボーダーのラインが入った「辰野式」のスタイル。2003年に外観が再現されました。(口の悪い人は、レプリカ建築と言います・・)
◆中京郵便局(旧京都郵便電信局)市・登録文化財。1902年築(明治35年)
欧州の伝統である基壇、胴部・頂部の三層構成。イギリス風ルネッサンス様式。
説明をして頂ける郵便局の職員さん。ありがとうございます。
この文化財は外壁だけ保存し、中は鉄筋コンクリート作りです。
昔の偉容です。
この現役の郵便局、私は前を何百回も通りましたが、中に入るのは初めてです。(@_@;)
立派な正面玄関(いつもは閉まっています。)
裏には、郵便馬車の郵便物の投げ入れ用の背の高い入口があります。
◆京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店)重要文化財。1906年(明治39年)
東京駅を設計した辰野金吾が設計。19世紀末のノーマン・ショーの影響を受ける。
説明をする学芸員の村野さん。かっこいい説明でした。
内部は日本銀行のカウンターがそのままあります。
昔の日本銀行京都支店の営業席
中庭にある日本銀行の金庫室、昔式の厳重なカギをつかって開閉・・・
隣接する文化博物館
辰野式建築に配慮して、高さ、ボーダー模様が工夫されています。
◆分銅屋足袋。界わい景観建造物
◆京王京都三条ビル旧棟(旧日本生命京都支店)国・登録文化財。1914年(大正3年)
1983年に鉄筋コンクリートに建て替えられましたが、東側の塔屋が残されました。
辰野金吾が設計。
◆SACRAビル(旧不動貯金銀行)国・登録文化財。1916年築(大正5年)
木造レンガにタイルや石材が付けられています。前述のセッション様式で、幾何学的なデザインで統一。
本日の説明役はツカキ㈱の安場君。実に上手な説明で大拍手でしたヽ(^。^)ノ
このビルは、登録文化財の商業利用の先駆けとして有名で、1920年代の家具などで統一したバー「雪月花」の内部を公開し後藤社長が説明。阪神大震災の振動にも、グラスひとつ割れなかったそうです。
木製のらせん階段・・
このビルは、不動貯金銀行として建設され協和銀行となり、あと電通、京朋、京都和装、ツカキ㈱と所有者は流転します。
私は縁のふかさをしみじみと感じています。(京朋、京都和装はツカキグループとなる)
◆家邊徳時計店。国・登録文化財。1890年築(明治23年)
三条通りに残る近代洋館のなかでは最古の建物。
ルネッサンス風の様式を残しています。
建築士協会の方の説明を聞く
◆三条ありもとビル。京都市都市景観賞受賞
有本さんは昔からのここの地主さんで、火事で焼失したあとミラノの街なみを研究され、町並みにあったデザインで建築されました。
◆1928ビル(旧毎日新聞社京都支局)市・登録文化財。1928年築(昭和3年)
関西建築界の父と言われた武田吾一の設計。アールデコ調でライトの影響や自由な折衷デザインとなっている。
毎日新聞社の設計を手掛けた若林広幸さんが所有。
日本銀行京都支店の前にアンティークなアメ車の焼き芋が登場・・・
ご愛嬌でした(^O^)
三条通りの近代洋風建築群の魅力に迫る・・シンポジウム
3月1日(木)オープンのSAKURAビル3階のナレッジ(美容室)です。
アンティークが素晴らしい雰囲気を醸しだしています。
お繁盛をお祈りします。
3月3日(土)午後2-5時まで、京都文化博物館にて
・笠原一人先生と嘉名先生の講演
・パネルディカッション。(嘉名先生、若林先生、村野さん、森本さん、私)
私は、SACRAビルの当事者であり、五個荘の町並み保存地区に本宅があり、京都・国登録文化財所有者の会の会長を拝命しております。
講演会&シンポジウムに、是非、お越しくださいヽ(^。^)ノ