2022年11月4日 (金)
「Well-Being」、幸福経営塾の勉強会
先月、慶応大学の前野先生が主宰される“幸福経営塾”が、近江の五個荘で開催されるというので私はボランティアで全面協力しました。
前野先生は、「Well-Being」(心身ともに良好な状態、幸福)な経営をめざそうと幸福経営塾を立ち上げられました。
今夏、大阪で前野先生の「Well-Being」の話を聞き、近江商人の「三方よし経営」と双子のように似ているのです。
すっかり意気投合して、先生の全国の塾生に「近江商人の発祥の地・五個荘」に来て頂こうということになりました。
今回のお世話役は大阪の清水先生(医師)です。
休日の午前10時にJR能登川駅に約20名が集合されました。
貸切りバスで出発です。
メンバーは企業経営者や医者など様々です。
午後から幸福経営塾の研修というので、午前は皆で安土城址へ登りました。
安土城のボランティアガイドさんが山頂まで続く大手道の石垣を説明されました。
大手道はまっすぐに伸びる広い階段です。
天下統一した織田信長は、天正4年(1576)、標高200メーターの安土山に安土城を築きました。
琵琶湖畔の安土は、岐阜~京都の中間点、北陸との要所であり、安土城は三方が琵琶湖に囲まれ水運、陸路の要衝でした。
築城して3年後、いよいよ待望の天主閣が完成しましたが、その3年後に「本能寺の変」(1582)で信長は自刃(49歳没)。
混乱の中、本能寺の変の13日後に安土城は炎上しました。
大手道の両脇に信長の重臣(前田利家、羽柴秀吉ら)の屋敷跡が続きます。
二の丸跡
織田信長の本廟
墓石が正面にあります。
天主閣目前で、ガイドさんが熱く語りました。
天主閣の基台は東西・南北28メーターあり、5層7階(地下1回、地上6階)で高さ33メーターの地上6階建て、当時としては度肝の抜く高層建築でした。
普通は「天守閣」ですが、信長は自身を天主だと思い「天主閣」としたようですね(^_-)-☆
天主閣の中は、狩野永徳らの絵師の豪壮な障壁画が絢爛としていました。
天主閣の礎石
天主から見える風景
当時の安土城は、琵琶湖の湖水に囲まれてしましたが、後年の琵琶湖の干拓事業で安土城址の周辺は田んぼになりました。
安土城址の中の三重塔(重文、室町時代創建の長寿寺から信長が移築させた)
ここからの眺めは素晴らしかった(^_-)-☆
木陰で豪華弁当を皆で仲良く頂き、いい風が通り、秋のピクニックは最高でした!(^^)!
ここで安土城址の登山の記念撮影!
皆さん、いいお顔でした(^^)/
さてここからバスで五個荘の近江商人博物館へ行きました。
慶応大学の前野先生が合流されました。
近江商人の結界(お帳場)で記念撮影
前野先生がてんびんを担いで・・・
前野先生とは大阪で1時間づつ互いの講演を聞き、相互理解をしてZOOMとメールでやり取りをして、実際に会うのはこれで1回目・・・不思議な奇縁ですねぇ(^^♪
近江商人博物館を見学して、記念撮影
五個荘金堂町(町並み保存地区)の散策です。
大城神社。ここはカムカムエヴリバディなどロケ地の聖地です。
可愛い郵便ポスト、これでも現役です(^^♪
鯉が巨大で驚きです(@_@)
和気あいあいのお散歩でした。
さて、五個荘の塚本喜左衛門宅で2時間の勉強会がありました。
小生のパワーポイントを使っての1時間余りの話のあと、40分間の熱いディスカッションがありました。
拙宅の庭や昔の台所、かまど、風呂、井戸など、皆さん、郷土民芸館を見るような目で興味津々のひとときでした。
バスで竹平楼へ移動。
竹平楼さんは、明治天皇が中山道で江戸に行かれるとき2度もお立ち寄りになりました。
明治天皇の御座所(登録文化財)で説明する女将
乾杯のあと湖国のご馳走が出てきました。
渋澤栄一の揮毫(一所懸命に業務に精を出せの意)
竹平楼さんは幕末~明治の文化財がいたる所に沢山あり、皆さんは近江の文化と歴史の深さを堪能されました。
夜は更け、座は盛り上がりました。
小生は、竹平楼の西村正司社長さんにJR能登川駅まで先に車で送って頂き、車内で大いに盛り上がりました。
お疲れさまでした。
学びの多い一日で、ありがとうございました。